雨にも負けず・・本当の自分軸とは
こんにちは。
千恵子です。
気が付けば、もう4月も終わり。
来週からはゴールデンウイークですね。
去年同様、お出かけは慎重にしないといけない
ご時世ですが、自然はそんなことお構いなしに
爽やかな風を届けてくれます。
遠出をしなくても、ちょっと近所の公園に行くだけで
木々の揺れる音や鳥の声を聞いたり
お花を見たりして
リフレッシュできますね♪
それだけで、心はとても豊かになります(*^^*)
さて、タイトルの「雨にも負けず」
有名過ぎる、宮沢賢治の詩です。
先日、ラジオで偶然この詩の朗読を聞きました。
「雨にも負けず」の後は「風にも負けず」ですね。
この続き、すぐに出てきますか?
(私は咄嗟にでてきません)
「雪にも、夏の暑さにも負けぬ・・」と続きます。
さらにいくと
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を背負い
南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくても良いと言い
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い・・
と善行を勧めているような感じ。
この辺りまでは、うっすら記憶があります。
私の中で、この詩は
雨にも負けず、風にも負けず
とにかく頑張れ!我慢だ!根性だ!
立派な人になれ!
そんなふうに言われてるイメージでした。
事実、校長先生や偉い人の話とかでは
最初のフレーズを引用して
そんな風に使われていたような・・。
なので、なんとなく敬遠してた
ところがあります。
でも、ラジオから朗読が聞こえてきたとき
つうっ・・と涙が流れました。
最後の段落
日照りのときは涙を流し
寒さの夏はオロオロ歩き
皆にデクノボーと呼ばれ
誉められもせず苦にもされず
そういう者に 私はなりたい
衝撃でした。
この詩の主人公は、ただ根性があって
立派な人ではなかったんです。
日照りや冷夏で、どうにもならない時は
ただ涙を流して、オロオロしちゃう人でした。
私はこれで、一気にこの人に共感しました。
人間の力ではどうにもできない
圧倒的な自然の前では
もう何もできない、と降参している。
自分に弱さ、無力さがあることを
真正面から受け入れているんです。
そして
東西南北に渡って善行をしているというのに
「デクノボーと言われ
誉められもせず苦にもされない」
つまり、誰にも認められない。
なんなら見向きもされない。
「そういう者に私はなりたい」
誰にも認められなくていい、
誰かに認められることを求めない人に
なりたいって言ってます。
私にはそうとれました。
誰に認められなくても
相手にされなくても
自分の魂が求める行いをする。
大きくも、小さくも見せず
強さも弱さも自分のなかにあって
それを自分だけが分かっていれば
それでいい。
そんな潔さ、自分軸で生きる
真の強さを感じました。
私も「そういう者に」なりたいです。
そのために、日々今ここに在ろうと
改めて思いました。
この詩のモデルは、ある牧師さんだそうです。
宮沢賢治はその人の生き方に憧れて
最後の作品となったこの詩を書いたのでしょうか。
朗読の動画など、web上に色々ありますので
ぜひゆっくり聞いてみてください。

魂の声に繋げるセラピスト
栃木県在住。45歳で離婚を経験する。会社で管理職として働きながらも、人の癒やしに貢献したいという魂からの願いに揺さぶられ、セラピストになる。それぞれが自分のやりたいことに繋がって、納得した人生を生きられるように導く。趣味はフラメンコ。
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